そう思ってたから、Googleアナリティクスを見たらびっくり。
私の人生話、定期的にPV数あるじゃん!!!笑
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今回はこれまでの記事に関連した内容で「そもそもなぜ市役所職員になったのか?」という話をしたいと思う。
確認事項
念のため言っておくと私は現在フリーターで市役所は2021年に退職している。
※タイトルだけ見ると今公務員しているのかなと思う方もいるかもしれないので補足
教師になる予定だった
大学に入学した時点で卒業後は教師になることを決めていた。
そのため、教員免許が取得できる大学・学部学科に進学。
教育学部ではなかったため、教職課程を履修して高校の公民と特別支援学校の免許を取得した。
なぜ教師だったのか?
本当の将来の夢は教師ではなくオリンピック選手になることだった。
しかし、陸上推薦で大学に行けるような選手ではなかったので、その夢が現実的でないことを理解していた。(完全には諦めていなかったが)
将来のことを考えていた高3の時に英語の先生のとある言葉がきっかけで教師を目指す。
英語の先生の言葉
大学に進学するということはある程度自分のなりたい職業や学びたいことを決めなければならない。
しかし、私は将来のことが非常にぼんやりとしていた。
そんな時に英語の先生がこんなことを言った。
「今と同じように生活がしたければ、自分の親以上の仕事に就きなさい。」
この言葉を聞いて、私は素直に今の生活を送りたいと思った。
両親はともに公務員だったため、自分も公務員になれば今の生活をずっと送れるのではと思い、目指すことに。
公務員の中でも教師を目指したのは、
・自分でも頑張ればなれる可能性が高かった
・教師をしている姿がなんとなく想像できた
という理由だった。
なぜ教師ではなく市役所職員に?
大学4年生になり、私はいわゆる就活というものは全くせずに教員採用試験(以後、教採と略)の対策のみをしていた。
くらいにしか考えていなかった。
そんな私を心配した母が偶然市報で見つけた市役所職員の募集要項を送ってくれた。
なんと一般試験とは別に特別選抜試験というのがあり、部活動で全国大会以上の出場実績がある人は筆記試験が免除されるというものだった。
教採の面接練習にもなるしと受験してみることを決めた。
教師か、市役所職員か
教採に絞ってしっかり対策をしたこともあり、筆記試験の一次試験を無事突破。
練習日誌を毎日書いていたことで、自分の考えを言葉にしてまとめるのが得意だったため、面接も自信をもってできた。
そして、教採も市役所の試験も両方合格することができた。
内定をいただけたことよりも、10年間陸上を通して努力や苦労をしてきたことを評価していただけたことがすごく嬉しかった。
両方合格できるとは思っていなかったこともあり、どちらの道に進むかすごく悩んだ。
悩んだ結果、教師は免許を持っているので、いずれなることもできるだろうと思い、市役所職員になることを決めた。
また、社会人になってからも競技を続けたい気持ちがあったため、競技との両立がよりできそうな市役所を選んだ。
まとめ
振り返ってみると私はあまり何も考えずに就職を決めたような気がする。
生活ができる程度に給料がもらえて、好きな陸上ができたら人生それでいいやと思っていた。
仕事も一生懸命やっていればどんな仕事でもなんとかやっていけるだろうとしか思っていなかったので、まさか退職して低収入フリーターになるなんて…
人生は何が起こるかわからないね。